<産官学 共同実験プロジェクト メンバー>
東京都三鷹市 三鷹ネットワーク大学 情報通信研究機構 脳情報グループ 千葉県リハビリセンター 脳神経外科 麗澤大学 豊嶋研究室 |
麗澤大学 豊嶋研究室 日本体育大学 大学院 船渡研究室 日本大学 田中研究室 早稲田大学 スポーツ科学部 小野沢研究室 |
□ 少年実験 成果報告書(PDFファイル)
□ 中高年実験 成果報告書(PDFファイル)
□ サッカー用動体視力実験 成果報告書(PDFファイル)
□ 高齢者向け交通安全実験 成果報告書(PDFファイル)
<以下一部抜粋>
動体視力トレーニングソフト「武者視行」の課題実行と関連する脳活動の近赤外分光法( NIRS) による計測
2006 年 3 月 25 日
( 独 ) 情報通信機構( NICT ) 脳情報グループ(文責:村田 勉)
概要
( 株 ) アファン製の動体視力トレーニングソフト「武者視行」の課題実行と関連した脳活動を調べるため、 NIRS (near infrared spectroscopy: 近赤外分光法 ) による脳活動計測実験を行った。実験種目は ( 株 ) アファンが設定し、脳活動計測は NICT 脳情報グループが協力して、 NICT 関西先端研究センター( KARC )において2回にわたって行った( 2005 年 8 月、 11 月)。
第1回実験 ( 2005 年 8 月 13 日)
背景(アファンからの提案)
( 株 ) アファンのトレーニングソフト「武者視行」の一定期間の使用により視覚刺激に対する全身反応が格段に速くなることがわかっているが、運動生理学・スポーツ心理学的な見地からはその理由がわからない。そこで、脳科学からの検討を行いたい。
仮説(大学教授陣による)
脳の賦活部位を知ることが何らかのヒントになるのではないか。
運動学習に関わるとされる前頭葉の運動関連領野及び小脳が活発化するのではないか。
動体視力トレーニングの視覚刺激が脳の広範囲を賦活させているなら、脳の活性化に有効なのではないか。
実験の概要
達人(武者視行レベル 10 をクリア可能)と常人(同レベル 5 はクリア可能)について、様々なレベルの課題に対する脳活動の特徴と差異を観察する。課題レベルは 1 、 5 、 10 を用いる。
実験課題
周辺視野 (Spread Ball)
3 × 3 に区切られた画面全体に多数のボールが短時間出現する。うち一つだけ他より明るいか他と形が異なる(四角)ボールが混じっており、被験者はその存在する升目をテンキーで答える。
追従視力 (Quick Ball)
画面内をボールが動き回り、ときどき明るくなるか形を四角に変えるので、被験者は変化が生じたらなるべく早くスペースキーで答える。
図 1 課題(イメージ)。
実験デザイン
図2 実験デザイン概要。
平常時を基準状態として課題実行時の脳活動を見るため、課題実行と休息を交互に割り当てた(図を参照)。また、「武者視行」はこのような動作に対応していなかったため、実験用に「武者視行」の画面をキャプチャしムービーを作成して対応した。タスクは計 15 回で、内訳はレベル 1 、 5 、 10 が各 5 回ずつ、レベルの出現順はランダマイズした。
実験風景
図3 実験風景 図4 NIRS の原理
図5 プローブ配置。
データ解析
前処理として、観測値(サンプリング周期 0 。 19 秒)に 0 。 01 〜 0 。 2Hz を通過域とするバンドパスフィルタを適用し、タスク・レストの周期( 30 秒→ 0 。 033Hz )よりゆっくりしたトレンド成分や、外乱となる心拍( 1Hz 前後)の成分を除去した。また、タスク開始に同期して、各レベルについて 5 試行分の加算平均を行った。レスト期間中の 5 〜 12 秒までの 7 秒間をベースラインとしてタスク時間 15 秒間の計測値を積分し、各チャンネルの活動度の指標とした。観測値中、酸化ヘモグロビンの変動を解析に用いた。
図6 データ解析概要。
実験結果
実施時の被験者の状態及びデータの様相から、有効な観測との信頼度の低いデータは棄却した。残ったデータについて、次のような傾向が見られた:
●課題 1 (周辺視野)
常人と達人とで違いが見られた。つまり、常人では、最易レベルで最も賦活が大きく、最難レベルでは賦活が見られない(小さい)というチャンネルが多かったのに対し、達人では、最難レベルでも賦活が見られ、左脳では最易レベルよりも中間レベルで最も賦活が大きいチャンネルが多かった。
図7 課題1の結果。
●課題 2 (追従視力)
常人に比べて達人は最難レベルでの賦活が大きかった。
図8 課題2の結果。
第2回実験 ( 2005 年 11 月 26 日、 27 日)
改良点
第 1 回実験における問題点に対して、第 2 回実験では主に次のような点を改善した:
( 株 ) アファンによる「武者視行」自体の実験対応。具体的には、キー操作によるプログラムの一時停止・再開機能と、実行中であることを示す状態マーカーの画面上部への表示機能が搭載された。これにより、課題提示に「武者視行」自体を用いることが可能になった。また、被験者の応答(正答率)も記録可能になった。
実施の自動化と正確な時間記録。上記「武者視行」の実験対応に伴い、自動実行により「武者視行」と並行動作して停止・再開をコントロールするプログラム、画面に表示される状態マーカーからフラグ信号を生成して各種計測機器の外部入力に渡す装置を用意あるいは作成した。これにより、時間デザインの実現がストップウォッチ+手動の場合より正確になるとともに、停止・再開の状態が各種計測値と時間ズレなく記録可能になった。
眼球運動の同時記録。以前は眼球運動を脳活動と別個に計測していたが、今回は同時に記録した。
実験の時間デザインのランダム化。休息時間にランダム性を取り入れ、被験者の予期の効果の低減を図った。
実験規模の拡大。被験者数と被験者一人当たりの実験時間がともに前回より増加した。また、達人・高齢・常人の 3 群の被験者を対象とした。
目的
達人・常人・高齢の 3 群の被験者(各2名)について、異なるレベル・異なる種類の「武者視行」の課題を与え、脳活動を観察する。
実験課題
下記の 5 種類の課題を用いた。うち 2 種類(周辺視野と追従視力)は 2 つのレベルについて行ったので、のべ 7 種類の課題を実施した。
周辺視野 (Spread Ball) Lv 。(レベル) 3 、 7
3 x 3 に区切られた画面全体に多数のボールが短時間出現する。うち一つだけ他より明るいか他と形が異なる(四角)ボールが混じっており、その存在する升目をテンキーで答える。
追従視力 (Quick Ball) Lv 。 3 、 7
画面内をボールが動き回り、ランダムなタイミングで明るくなるか形を四角に変える。変化が生じたらスペースキーで答える。
動体視野
2 つのタスクを同時に行う。 1 つ目は、画面外周部の 9 つのマスのひとつにボールが出現する。出現したマスをテンキーで答える。 2 つ目は、内部のフィールドを動き回るひとつまたは複数のボールがランダムなタイミングで明るくなるか形を四角に変える。変化が生じたらスペースキーで答える。
動体認識
画面内に色分けされたボールが現れ、しばらく動いて消滅する。各々の色のボールが何個あったかを答える。
動体識別
色分けあるいは図形の描かれた 3 × 3 個のボールが画面の左右に提示される。うち一対( 2 個)が左右で入れ替わっているので、入れ替わっているボールをテンキーで答える。
ただし、被験者 5 (高齢)の 追従視力 Lv 。 3 のタスクでは、自動操作スクリプトの作動不良により Lv 。 1 が代わりに行われた。
図9 課題(イメージ)。
実験デザイン
「武者視行」に追加された停止・再開機能を利用し、タスクすなわち課題を実行している期間と、レストすなわち休息期間を交互に配置した。タスクは約 20 秒(課題によって若干異なる)で、 1 ランで 5 回行われ、交互に約 20 秒のレストを挟んだ。レストの時間は 18.5 秒〜 21.5 秒でランダマイズした。
図10に典型的な時間デザインの例を示す。 1 ランは正味約 4 分であった。 1 課題について 1 ランのみを行った。これを各被験者がそれぞれ延べ 7 種の課題について行った。
図10 実験デザイン。
被験者
達人・常人・高齢の3つのカテゴリで、各 2 人ずつ計 6 人の被験者について実験を行った。したがって、総計 42 ランのデータが得られた。
NIRS プローブの配置
第1回実験と同様とした(図5参照)。プローブ位置の確認のため、被験者ごとにプローブ位置と脳構造が撮像される MRI 構造画像も記録している。
眼球運動の計測
ISCAN 社の装置を用いて眼球運動(注視点)の計測を同時に行った。被験者の条件によっては計測できない場合もあった。
正答率の集計
実験で用いた「武者視行」のモードでは正答率を報告する機能がないため、実験を録画したビデオを参照し、正解音を数え上げた。同様に出題数も数え上げたが、録画上の制約から完全な数え上げの出来ない課題も存在した。その場合、事後に「武者視行」を実験時と同条件で実行して確認したが、出題数にランダム性がある課題もあり、それに対しては期待される平均的な出題数で正答率を算出した。
データ解析
まず前処理として、前回実験と同様、計測値(サンプリング周期 0.19 秒)に 0.01 〜 0.2Hz を通過域とするバンドパスフィルタを適用し外乱要因を除去した。次に、タスク中は 1 、レスト中は 0 となる箱型関数と HRF (hemodynamic response function :血行動態関数 ) をコンボリューションしたテンプレートを用意し、計測値と比較した。計測値がテンプレートによく一致する場合、タスクに同期した賦活が生じたものと考えられる。なお、解析には、酸化ヘモグロビンや還元ヘモグロビンと比較して最も頑健に値が得られると考えられる総ヘモグロビンの変動を用いた。
図11 データ解析(バンドパスフィルタリング)
図12 データ解析(計測値の加算と HRF テンプレートのフィッティング)
実験結果と考察
正答率
番号 |
ラベル |
周辺視野 Lv. 3 |
周辺視野 Lv. 7 |
追従視力 Lv. 3 |
追従視力 Lv. 7 |
動体視野 Lv. 3 |
動体認識 Lv. 3 |
動体識別 Lv. 3 |
1 |
達人A |
0.51 |
0.13 |
0.68 |
0.27 |
0.67 |
0.82 |
0.94 |
2 |
達人B |
0.77 |
0.70 |
1.00 |
0.62 |
0.76 |
0.82 |
0.72 |
3 |
常人A |
0.62 |
0.30 |
0.71 |
0.37 |
0.39 |
0.46 |
0.78 |
4 |
常人B |
0.69 |
0.46 |
0.73 |
0.32 |
0.64 |
0.68 |
0.64 |
5 |
高齢A |
0 . 28 |
0 . 29 |
0 . 72 |
0 . 23 |
0 . 68 |
0 . 64 |
0 . 78 |
6 |
高齢B |
0 . 49 |
0 . 26 |
0 . 85 |
0 . 26 |
0 . 28 |
0 . 42 |
0 . 50 |
正答率は表の通りであった。なお、出題数を直接数え上げられなかったために平均的な出題数の推定値を用いている項がある。
図13 正答率(課題ごと)
図14 正答率(被験者ごと)
課題ごとの正答率を見ると、周辺視野と追従視力においてレベルの高低による明確な差が見られた。
被験者 2 (達人 B )は総じて高い正答率を示したが、被験者 1 (達人 A )は視力補正の条件が訓練時と実験時で異なり、正答率が低い種目もあった。常人および高齢では個人差、課題差が大きいものの、平均的には常人の方がやや高い正答率を与えた。
テンプレートのフィッティング
図12は、計測データにタスク同期テンプレートをフィッティングした結果の典型例である(被験者6(高齢 B )、追従視力 Lv 。 3 、チャンネル 5 )。 左図は 5 試行全体に対してフィットした場合、右図は加算平均後にフィットした場合を示している。黒の実線が総ヘモグロビンの変動を示し、緑の実線がタスクと HRF から算出される脳活動のテンプレートを示す。縦軸は総ヘモグロビン量、横軸は時間 [ 秒 ] である。凡例中の a はフィット時の振幅倍率、 ppmcc は相関係数( Pearson の積率相関係数)を示す。グラフ中、薄い灰色の縦縞はタスク期間を、それ以外はレスト期間を表している。ここにあげたグラフはタスクに同期した賦活が明確に観察されている例である。課題・被験者・チャンネルによって相関係数、すなわち同期の度合いは異なり、その傾向が主な解析対象となる。
タスクにより引き起こされたと考えられる賦活の検出
各チャンネルの NIRS 信号に見られる変化が統計的有意さをもってタスクと相関しているといえるかどうかについて、各チャンネルの相関係数に対して t 検定を行った。時間長と周波数から算出される自由度を用いるため、有意水準 p < 0.05 に対応する相関係数は約 0.50 となり、これを閾値として、相関係数の絶対値が閾値を越えたチャンネル(これを賦活したチャンネルと呼ぶことにする)の数を数えた。
チャンネル群を前頭、頭頂、後頭に分け、賦活したチャンネル数を全課題、全被験者について数え上げた結果を図15に示す。この結果から、 3 群の中で、前頭のチャンネル群において賦活したチャンネルが最も多かった。
図16は課題ごとの集計結果であるが、どの課題が最も前頭のチャンネルを賦活させたかというような点については、指標の取り方にも依存するため、今回の実験のみから結論を出すことは難しい。しかし、チャンネル群間で比較すると、全課題に共通して前頭の賦活チャンネル数が最多であった。
図16 タスクに同期して賦活したチャンネル数(課題ごと)
課題レベルおよび被験者カテゴリにおける賦活度合いの差異
課題のレベルによる賦活度合いの差異について、被験者カテゴリの観点から分析した。低レベル 課題( Lv. 3)と高レベル 課題 ( Lv. 7) の賦活の度合いを比較するため、テンプレートを計測値へフィッティングしたときの 振幅倍率 a を用いる。2つのレベルの振幅倍率の2乗の和を1とし、高レベルの振幅倍率と低レベルの振幅倍率の2乗の差が占める割合を下記のように計算した:
(a_lv7)^2 - (a_lv3)^2
――――――――――
(a_lv7)^2 + (a_lv3)^2
すなわち、低レベルではほとんど賦活が見られず、高レベルでのみ賦活が見られたような場合に1に近づくような指標である。(高レベル、低レベルに対する反応が逆になるケースでは ?1に近づく)。
周辺視野および追従視力における Lv. 3とLv. 7を比較した結果を図17?図19に示す(図17は 頭を上から見たときの プローブの配置を表している)。 チャンネルの表示の赤さが濃いほど高レベルでの活 動の割合が大きく、また表示が青さが濃いほど低レベルでの活動の割合が大きかったことを示す。
図17 プローブの配置( 頭を上から見たところ)。
図18 レベル7とレベル3における賦活度合いの比較(周辺視野)
図19 レベル7とレベル3における賦活度合いの比較(追従視力)
周辺視野
眼球運動
図20に眼球運動の解析結果を示す。高正答率を示した 被験者2(達人B)と、タスクに正の相関を持つチャンネルが多かった被験者4(常人B)について、水平方向の眼球運動に注目すると:
周辺視野の課題では、達人は常人より眼球運動が小さい。また、常人では難易度が上昇すると眼球運動は大幅に減少するが(動かすほどの時間がない)、達人ではもともと運動が小さいためか常人ほど変化は大きくない
追従視力の課題では、達人は常人より眼球運動が大きい
ということがわかった。
図20 眼球運動のばらつき(標準偏差):水平成分と垂直成分
◆補足的事項
武者視行課題の提示
武者視行は本来トレーニング用のソフトであり、脳科学実験用のソフトではないため、単位時間あたりの刺激提示回数・視覚情報のうち形態や色などどのモダリティを用いるのか・あらかじめプログラムされたあるいは外部からトリガで与えられる時間スケジュールの履行などである。より詳細に脳活動計測実験を行う場合は、これらも統制可能なことが望ましい。
負の相関
被験者・課題によってはタスクに対して有意な負の相関を示すチャンネルがあった。負の相関についてのメカニズムや解釈は現時点では確定できない。
脳活動以外の要因の排除
NIRS 計測では、原理上、光路上で生じる変動はすべて拾ってしまうため、皮膚血流等の影響が計測値に含まれる可能性がある。
その他
計測原理上、 NIRS では脳深部の賦活を捉えることは困難である。
まとめ
第1回実験の方法に基づき、これに、刺激提示法・眼球運動同時計測・正答率評価などの各種の改良を加えた上で、武者視行による脳活動の NIRS による計測実験を行った。その結果:
前頭では、達人は高難度課題でも脳活動が維持あるいは亢進するが、常人(および高齢者)では賦活が減少することがある。
ということが得られた。これは第1回実験の結果と一致した内容であった。
また、
タスクと相関した NIRS 信号の変化(課題実行による脳賦活を反映すると考えられる)が見られたチャンネル数は、全課題に共通して前頭、頭頂、後頭の領域のうち、前頭で最も多かった(被験者を通算)。
このことは、武者視行の課題実行において、前頭葉の脳活動が重要な役割を果たすことを示唆している。
さらに、
「周辺視野」課題では、達人は常人より眼球運動が小さく、「追従視力」課題では、達人は常人より眼球運動が大きかった。
このことは、熟達度が高い被験者では、周辺視野から得られる視覚情報の利用効率が高く、また、目標に追従する必要があるときの眼球運動能力が高いことを表している。
今回の実験で得られた NIRS 脳活動計測データにおいては、かなりの割合のチャンネルにおいて、タスクに対して統計的に有意な相関をもつ信号変化が認められた。このことは、 NIRS 脳活動計測がタスク実行に関連する脳活動を確かにとらえていることを物語っている。
NICT 脳情報グループ 担当者一覧
鈴木良次 脳情報グループリーダー:共同研究決定
藤巻則夫 統括、共同研究契約
村田 勉 実験実施責任者、主たる連絡役、第 1 回実験レポート執筆
第2回実験レポート執筆補助
本件の総責任者
寺園 泰 実験記録、データ解析法開発、解析担当
第2回実験レポート執筆
加藤 誠 眼球運動実験担当
野界武史 NIRS 実験実施担当
魏 強 刺激提示システム構成、 NIRS 実験実施担当
早川友恵 関連研究文献調査
糸井誠司 実験装置管理・運営
脇田美由紀 関係者来所対応、毛髪処置法提案
李 淑玲 関係者来所対応
以上